マスターズ3日目:18位タイまで浮上した松山英樹のインタビュー(ノーカット)

マスターズ3日目に「68」で回り、日本人のアマチュア選手として初出場、初予選突破を果たした松山英樹。アマチュア離れしたプレーで会場を沸かせ、ラウンド後には公式会見に呼ばれていました。


会見をノーカットで写しておきます。


(人のことは言えないが)通訳さん、もうちょい頑張れ。。。外国人記者たちが聞きたい意図が伝わっていない箇所がいくつかありますが、仕方ない!

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via masters.com


(最初に)
「昨日予選を通過して、まやこういう素晴らしいコースでこういう良いスコアが出せてとても嬉しいです」


(予選通過がぎりぎりだったが、ホールアウト後はどういう気分だったか)
「テレビを見て、ネットも見ながらずっとそわそわしてました」


(マスターズ初出場の選手は苦戦することが多い。プレッシャー、緊張はあったと思うが)
「まず、ここに来る前に仙台ですごい地震があって、その中で自分が出場させてもらえたことに感謝して、勇気づけるプレーはできないかもしれないけど、とりあえず楽しいプレーをしたいと思ってました」


(トップアマでシルバーカップをもらえることは確定してますが、その感想は)
「アマチュアが自分一人だったのでそういう意味では嬉しいですけど、明日一日良いスコアを出してそのシルバーカップをもらいたいと思ってます」


(5つのバーディを振り返ってください)
「3番はティショット3番アイアン、2打目8アイアン、1メートル。8番はドライバー、スプーン、30ヤードから1.5メートル。10番はドライバー、8番アイアン、2メートル。13番はスプーン、3番アイアン、2パット。16番は7番アイアン、1メートルないくらい」


(出身は地震が起きたところからどれくらいの近さだったのか、友人・家族は無事だったのか)
「家族は違うところにいるけど、学校が仙台にあって・・・すごく近くにあって心配です」


(震災が起こった時はどこにいた)
「オーストラリアで合宿中でした」


(友人が被災地の近くにいて不安な気持ちだったと思うが、どのようにしてゴルフに集中してたか?
「出るか出ないかをすごく監督と話し合って出ることになった。出ることになったからには集中してプレーしなければ被災された方にも失礼だ、と監督からも言われましたし、自分でもそう思ったので、ゴルフに集中してプレーしてます」


(一番最初にマスターズを見たのはいつ頃だったか?)
「一番最初はビデオかなんかで1997年にタイガーが優勝したのを見ました」


(クローズネストには滞在したか?何泊したか?)
「してません。キャディと監督と一緒に過ごしています」


(キャディは同僚と聞きましたが、2人でコースを研究したのか?)
「そうですね、こっちに来てからも2人でコースを学びながら練習ラウンドもしましたし、この3日間、いろんなことを学びながらプレーしてます」


(トップアマでフィニッシュするこの大会。一番の思い出は何になりますか?)
「まず、ここに来た印象はテレビで見る通り素晴らしいコースで、グリーンも難しくてイメージと違うところはたくさんありましたが、こういうところでプレーできてよかったな、と思ってます」


(大学名を教えてください。あと、友人など被災された方はいたのでしょうか?)
「東北福祉大学。連絡が全然取れていないので、友達とかはどういう状況なのかは分からないです」


(16番は直接カップインしそうでしたが、打った後はホールインワンのチャンスはあるかと思いましたか?)
「いや、イメージ通り打てて近くに付くとは思いましたが、入るとは思っていなかったです」


(どれくらいの距離でしたか?)
「落ちたところは(親指と人差し指を広げ)こんなもんです」


(いつ帰国する予定ですか?地震によって予定は変わりましたか?)
「家ですか?家には帰らないです。大学の方に帰ると思います」


(いつですか?)
「明日終わって次の日だと思います」


(最初の2日は16、17、18番で苦戦していましたが、今日は違いました。コースに慣れてきてからなのか?予選を通過できて吹っ切れたのか?)
「そういうのは全く考えてなく、17番のティショットは練習ラウンドから打ちづらいイメージがあって、昨日一昨日とボギーだったんですけど、今日は本当にラッキーなパーが取れたと思ってます」


(キャディと笑いながらラウンドしてましたが、どういった会話だったんですか?)
「分からないです。忘れました。覚えてないんで・・・」

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